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大草平八郎大根について

大草という地で、平八郎さんをはじめたくさんの人が受けづいてきた大根の物語

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ストーリー

大草で生まれ育ち、この土地に根をおろして生きた平八郎とゆう人がいました。サラリーマンでしたが、畑仕事が好きで、週末にせいをだしていました。育てた野菜を家族や友人に食べて喜んでもらうのが楽しみでした。

辛みがきりりと立つおろし大根、やわらかくほろ苦い間引き葉、 出汁をたっぷり吸いこんだ煮物、冬の食卓に並ぶやさしい漬け物、 甘みがぎゅっと凝縮された切り干し大根…。

毎年いちばん元気で形の良い大根を選び、花を咲かせ種をとり、また翌年につなぐ、それを40年。平八郎さんが年をとり、畑仕事ができなくなっても、しばらくは大根は自生していましたが、年々数が減り、7本までになってしまいました。このままではこの大根がなくなってしまう」と感じた娘さんが、種をつなぐ活動をされている無農薬野菜栽培農家の岩崎さんに相談しました。岩崎さんさんに「その大根を抜いて私に送って下さい」と言われ送ってから三年後、りっぱに育った大根が娘さんに送られてきました。娘さんは、その大根を仏前に供えて平八郎さんに報告したそうです。

岩崎さんはその大根を「平八郎大根」と名づけ、種をつないでいくことにしました。岩崎さんの種とりの「種をあやす会」 に、平八郎さんが住んでいた大草の家に移住してきた孫家族が参加した所、新聞社の取材を受け、新聞に掲載されました。その新聞記事を見た大草まちづくり協議会の農業・土地活用部会の林田裕敏さんが「大草にそうゆう大根があったなら、ぜひもういち度大草で育ててみたい」と孫家族に相談されました。農業・土地活用部会メンバーが岩崎さんを訪れた所、岩崎さんは 「ぜひ育てて下さい」と快く種を託してくれました。

それから農業・土地活用部会で大根を栽培することになり、林田裕敏さんの提案で、大草平八郎大根」と命名されました。

収穫した大根は、回覧板や収穫体験で希望者をつのって販売されたり、茹で干し大根に加工されたりしました。

また、地元の保育園や小学校でも栽培されています。

残念ながら「大草平八郎大根」を広めようと動いて下さった林田裕敏さんは2025年に逝去なさいましたが、その思いを大草でうけついで大草平八大根の種をつないでいきたいと思います。

大草まちづくり協議会

©2023 大草まちづくり協議会。

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